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2016/02/29(月曜) 18:55

イスラム革命の永遠の業績

1979年のイスラム革命は、20世紀の歴史的な出来事の一つです。この革命は、地域や世界レベルで多くの影響を与え、永遠に残る革命となりました。

 

現在、イランのイスラム革命の勝利から37年が経過します。イスラム革命後の世代は、この革命について知りたいと考えています。イスラム革命がなぜ起こったのか、この革命が生まれるきっかけとなったスローガンは今も生きているのか、革命当初の理論は今も存続しているのか。体制の安定期に革命的な思想を持ち続けることは必要なのか。革命後の37年、若者世代を中心に、多くの人の中には、このような疑問が浮かんでいます。その答えは、イスラム革命の永遠の業績の中に探ることができるでしょう。

根本的に、革命は、それが起こった社会の中に根本的な変化をもたらします。しかし、革命が存続するか否かは、その革命の影響が続くかにかかっています。イスラム革命は、独立、自由、イスラム共和制をスローガンに生まれました。このような思想は現在も、イスラム体制におけるイスラム革命の理念として残っています。イランのイスラム革命のこの特徴は非常に明らかであり、世界の多くの虐げられた人々は、イスラム革命をモデルに、自分たちの理想や理念を実現することができると考えています。この革命は、世界の圧制下にある多くの人々の間で、革命運動が生まれるきっかけとなっていると言えるでしょう。

このような影響力は今も続いており、それを、中東や北アフリカ諸国で起こったイスラムの目覚めの中に見ることができるでしょう。イスラム革命に関する研究者は、この革命の影響を、政治、経済、文化の3つの分野で説明しています。これらの影響はそれぞれが、さまざまな分野での変化につながっており、革命の研究者らは、それを構造的な変革と呼んでいます。

一部の研究者は、こうした影響や変化を分析する中で、新たな政治的、社会的生活スタイルを提示するという意味で、「革命の輸出」という言葉を使っています。イスラム的な生活スタイルの提示は、政治的な思想に変化を生み出す上で、大きな重要性を有しています。社会問題の研究者たちは、世界における競争の分野の一つは、生活スタイルの支配をめぐるものだとしています。イランのイスラム革命は、そのようなスタイルを提示し、そのために闘いました。そしてこのモデルは現在、革命の永遠の業績のひとつとなっています。

イスラム革命は同時に、覇権主義国の政策の前に、永遠に残る効果的なモデルを提示しました。イスラム革命の重要な目的の一つは、覇権主義大国の支配を否定することにあります。世界の大国がイスラム教徒を支配しようとする大きな目的の一つは、彼らを文化的に支配し、国民的、イスラム的な価値観を否定させることにあります。

イスラム諸国の歴史、非イスラム諸国による彼らの資源の略奪の歴史を見ると、この支配が何世紀にもわたって続けられてきたことが分かります。イスラム教徒の価値観や信条を嘲笑する、イスラムを迷信や偏った思想であるように見せる、それがこの文化的な支配のための方法でした。

西側の植民地主義者は、こうした方法を用いて、イスラム教徒、特に若者たちをイスラム的なアイデンティティに失望させ、イスラム世界の分裂を煽りました。イスラム教徒の思想家たちでさえ、圧制からの解放と発展の道を、マルクス主義や共産主義に見出し、西側の民主主義体制に従う政府の樹立こそ、人類の発展であると見なしていました。このような雰囲気の中で、イスラム革命は、宗教的な価値観に基づく民主主義体制という形で、革命前までは新たな世界の体制の中でまったく知られていなかった、「政治的な精神性」のモデルを提示しました。

このような政治的なモデルは、覇権主義や植民地主義の壁を破り、覇権主義体制に「ノー」を突きつけました。イランのイスラム革命は、現代の多くの革命は運動とは異なり、独裁の中に埋もれることはありませんでした。このような変化は、植民地主義者を受け入れなければ、独裁に陥ると考えていた資本主義や自由主義の対極にありました。

イスラム革命は、国内の独裁から解放されるために、外国の支配を受け入れる必要はないということを行動で示しました。イスラム革命は実際、独裁からの解放を求める国々に、第3の道を示しました。この革命により、イスラムの価値観が実現される下地が整いました。このような大きな業績は、永遠の動きにつながりました。

こうしたことから、独立、自由、公正、発展、献身の精神といったイスラム革命の理念が永遠のものになったのです。

文化的、社会的な問題とは別に、イスラム革命の永遠の業績のひとつは、政治的なものにあります。それは当初から、地域や世界に根本的かつ大きな変化を与えました。イスラムとイスラム的なイデオロギーがイランの革命に果たした役割とは、政治的なイスラムという言葉を段階的に広めたことでした。イスラムはイランで政治に取り入れられ、偉大な革命によって傀儡的な独裁政権を崩壊させ、代りにイスラムの価値観に基づく統治体制を打ち立てることになったのです。このような変化は、政治的な独立が、イランにおける外交政策や統治の最も重要な指標として実現した中でのものでした。「東でもない、西でもない、イスラム共和制」というスローガン、「独立、自由、イスラム共和制」というスローガンの実現は、このような理念がイランの外交政策に根付いていることを示しています。

イスラム革命の勝利により、イランは真の独立を果たし、アメリカへの依存と追従の鎖を断ち切りました。実際、革命の原則的で重要な政策の一つは、外交政策において、東と西の2つの大国への依存を断ち切り、独立を強調することでした。そしてそれはまさに実現されています。

イランのイスラム革命は、国内外において多くの業績を残しており、40年近くが経過した今も、その力を失っていません。これらの業績は、世界におけるイランの地位を優れた重要なものにしています。これらの業績はまた、大国の戦略的な政策や政治的な見解に大きな影響を及ぼしています。実際、イスラム革命は、イスラム世界の解放運動に注目に値する影響を及ぼしています。この革命により、植民地主義政府に対抗するための、各国の国民の抵抗や闘争の精神が強化されました。

イスラム革命の業績は、この革命とそれに基づく統治体制の本質を反映しています。このことから、これらの業績が正しく理解されれば、イランのイスラム体制に関する西側メディアのプロパガンダに対する盾となるでしょう。そのため、イスラム体制に対する敵の穏やかな戦争での戦略的な目的の一つは、多くの問題を誇張し、革命の業績を価値のないものに見せ、イスラム体制は機能していないように示すことにあります。

イスラム革命の敵の戦略は、人々、特に若い世代に未来と統治体制の本質への希望を失わせるため、イランの社会的な状況を暗いものに描くことです。しかし、この革命は、37年が経過した今もなお、生き生きと影響力を保っており、「国民の力」と「独立追求」を原則に、覇権主義的な政策を否定し、世界の自由を求める人々にインスピレーションを与えています。イスラム革命は、40年近くが経過してもなお、各国の革命運動に影響を与えていると言えるでしょう。

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