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2015/12/20(日曜) 23:17

コーラン第26章 シュアラー章 詩人 第110節~第115節

コーラン第26章 シュアラー章 詩人 第110節~第115節

コーラン第26章 シュアラー章 詩人 第110節~第115節

 

慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御名において

 

第110節~第111節

فَاتَّقُوا اللَّهَ وَأَطِيعُونِ

قَالُوا أَنُؤْمِنُ لَكَ وَاتَّبَعَكَ الْأَرْذَلُونَ

「だから神を畏れ、私に従いなさい。すると彼らは言った。『卑しい人々があなたに従っているというのに、私たちはあなたに信仰を寄せるのか』」 (26:110~111)

 

前回の番組でお話したように、預言者ヌーフは常に、自らの民に、罪から離れ、敬虔さを守るようにと導き、人生の正しい道を示すことで、神のメッセージの伝達者である自分に従うよう求めていました。この2つの節もそのような言葉で始まっていますが、反対者はまず、次のような反応を示しました。「あなたの周りに集まるのは、権力や富を持つものではなく、貧しくて恵まれない人々である。彼らは私たちよりも下位にあり、社会ではいかなる地位も持っていない。それなのにどうして私たちが、彼らと同列になり、彼らと同じように、あなたの教えに従わなくてはならないのか?」

 

実際、このような人々にとって、人間の価値の基準は、名声や地位、富や権力にあり、預言者ヌーフの信者たちにはそのような特徴がなかったため、彼らにとっては価値の低い人々に見えました。しかし、神や預言者ヌーフにとって、人間の価値の基準は敬虔さや清らかさにあり、そのような特徴は、貧しい人々の間により多く見られるものです。

 

第110節~第111節の教え

・富や名声には様々な害悪がつきものであり、そのうちの一つは、高慢になり、貧しく手弱い人々を見下げることです。

・真理の基準は、それを誰が認めているかではなく、それ自体の中に見出すべきです。真理の言葉を、どのようなグループの人が支持しているのかによって、受け入れたり、否定したりすべきではありません。

・神の預言者たちの教えでは、全ての人間は平等に扱われ、そこに差別は一切存在しません。

 

第112節~第113節

قَالَ وَمَا عِلْمِي بِمَا كَانُوا يَعْمَلُونَ

إِنْ حِسَابُهُمْ إِلَّا عَلَى رَبِّي لَوْ تَشْعُرُونَ

「[ヌーフは]言った。『私には彼らが何を行ってきたのかは知らない。彼らの行いの清算は、私の主のみが行う。もし彼らが理解するのならば』」 (26:112~113)

 

ヌーフの信者を、社会の卑しい人々とした反対者の口実に対し、預言者ヌーフはこのように答えています。「私の責務は、社会の全ての人々を偽りから遠ざけ、真理へといざなうことである。どのようなグループの人が信仰を寄せ、どのようなグループが寄せないのかは、私が決めることではない。また彼らが昔どのような人々で、何を行っていたかも私には関係がない。重要なのは、今、彼らが信仰を寄せたことである。あなたたちも少し考えれば、彼らの行いを清算するのは神であって、私ではないことを理解するだろう。だから無意味に彼らの過去を私に説明し、それを自分たちの反対の口実にすべきではない」

 

宗教によれば、私たちは、他人の行いについて詮索したり、人々の弱点を見つけて明らかにしたりする権利はありません。誰かが信仰を寄せた際にも、私たちにはその人の信仰を拒否したり、過去の行いを示して責めたりする権利はありません。

 

第112節~第113節の教え

・神の預言者たちが、人々の過去や現在について知っているのは、神が望んだことであって、預言者たちが直接、自分の目に見えないことを知っているわけではありません。

・人々の行いの清算は神が行うのであって、私たちではありません。誰でも自分の行いの責任は、その人自身が負っているのであって、他人の行いの責任までは負いません。私たちには、他人の最後の審判について判断する権利はないのです。

 

第114節~第115節

وَمَا أَنَا بِطَارِدِ الْمُؤْمِنِينَ

إِنْ أَنَا إِلَّا نَذِيرٌ مُبِينٌ

「私は決して、敬虔な人間を追い払わない。私は警告者に過ぎない」 (26:114~115)

 

預言者ヌーフに反対する人々は、自分たちに信仰を寄せてほしければ、“弱くて貧しい敬虔な人間を遠ざけること”とする条件をヌーフに提示しました。とはいえ、このような言葉も、単なる口実に過ぎませんでした。もしヌーフが弱くて貧しい敬虔な人間を遠ざけていても、反対者たちはまた別の口実を設け、信仰を寄せることはなかったでしょう。しかし、預言者ヌーフは、彼らの不当な要求をはっきりと拒否し、このように語りました。「私の任務は、人々を導き、真理の言葉を伝えることにある。私は名声や富を追求しているわけではない。だから貧しい人を遠ざける必要もない」

 

興味深いのは、コーランの節によれば、別の時代に、他の預言者たちも、裕福な人々から同じような要求をされたことです。裕福な人々は、もし自分たちに信仰を寄せてほしければ、卑しい人々を遠ざけるべきだと求めました。しかし、全ての預言者たちは、彼らのこの求めを拒否し、自分の役目は、社会の全ての人を導くことだと考えていました。

 

第114節~第115節の教え

・反対者たちの誤った要求に対しては断固、立ちはだかり、彼らをひきつけるために、敬虔な人々を失わないようにしましょう。

・預言者たちの教えでは、人の価値は、社会的な地位や富ではなく、その人の信仰心にあるとされています。

 

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