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2015/12/21(月曜) 22:29

コーラン第26章 シュアラー章 詩人 第151節~第156節

コーラン第26章 シュアラー章 詩人 第151節~第156節

コーラン第26章 シュアラー章 詩人 第151節~第156節

 

慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御名において

 

第151節~第152節

وَلَا تُطِيعُوا أَمْرَ الْمُسْرِفِينَ

الَّذِينَ يُفْسِدُونَ فِي الْأَرْضِ وَلَا يُصْلِحُونَ

「あなた方は、度を越した人々の指示に従ってはならない。彼らは地上で腐敗を行い、改めることはない」 (26:151~152)

 

前回の番組でお話したように、預言者サーレハは、サムードの民を導くために遣わされ、他の神の預言者たちと同じように、人々に、神への反抗から遠ざかり、神の指示に従うようにと勧めていました。しかし、人々は放蕩に耽り、快楽のみを求めていたため、サーレハの言葉を受け入れようとはしませんでした。この2つの節は、預言者サーレハが彼らに対し、度を過ぎた行いを控え、自分と他人に圧制を加えるような彼らのやり方から離れるように求めています。なぜなら、限度を超えることは、人々の間に罪や腐敗を広め、社会の改革につながる相応しい行いへの道をふさいでしまうからです。

 

イスラムでは、様々な事柄において度を越えることは、たとえ他人に対する施しなどの善い行いであったとしても非難されています。ましてや、社会に堕落や腐敗を広めるような醜く悪い行いであれば、それはなおさら、避けなければなりません。

 

第151節~第152節の教え

・富や福祉は、啓示や理性に沿ったものでなければ、社会に堕落を広めます。

・節度を守らない人が、社会の重要な責務を負ったり、社会を支配したりしてはなりません。なぜなら、社会を管理するための資格やふさわしさを備えていないからです。

・節度を守らない人々に対し、社会の改革を期待してはなりません。真の改革とは、神の預言者たちの気高い教えによってのみ、可能なのです。

 

第153節~第154節

قَالُوا إِنَّمَا أَنْتَ مِنَ الْمُسَحَّرِينَ

مَا أَنْتَ إِلَّا بَشَرٌ مِثْلُنَا فَأْتِ بِآَيَةٍ إِنْ كُنْتَ مِنَ الصَّادِقِينَ

「彼らは言った。『[サーレハよ、]あなたは魔術にかかっているに違いありません。あなたも私たちと同じ人間ではないか。あなたがもし本当のことを言っているのなら、奇跡を起こしてみなさい』」 (26:153~154)

 

預言者サーレハが、サムードの民に、罪や腐敗から離れるようにと、彼らのためを思って行った導きに対し、彼らは、サーレハは魔術にかかって理性を失い、意味のないことを言っているのだと言いました。サーレハの言葉は、彼らの誤った理論や理性とは相容れないものであり、彼らの享楽や安楽主義の道を閉ざすものであったのです。反対者たちは、サーレハの言葉には整合性がないと主張した後で、このように語っています。「もし自分の言葉が、あなたの言うように神からのものであるなら、少なくとも奇跡を示してほしい。そうすれば私たちもそれを信じて受け入れよう。なぜなら、あなたも私たちと同じ人間である。それなのに、私たちはなぜ、あなたに従い、自分のしたいようにしてはならないのか」

 

第153節~第154節の教え

・世俗主義者は、誰でも自分たちのこの世の楽しみや物質的な利益に反することを言ったり行ったりする人を、理性を失った人間と見なします。そして、その人に誹謗中傷を浴びせます。

・世俗主義者は常に、模範となった堕落した人間に従い、そのことを誇ります。彼らは、善良な人間に従おうとはしないのです。

  

第155節~第156節

قَالَ هَذِهِ نَاقَةٌ لَهَا شِرْبٌ وَلَكُمْ شِرْبُ يَوْمٍ مَعْلُومٍ

وَلَا تَمَسُّوهَا بِسُوءٍ فَيَأْخُذَكُمْ عَذَابُ يَوْمٍ عَظِيمٍ

「サーレハは、[奇跡を見せろという彼らに向かって]言った。『ここにメスのラクダがいる。このラクダにも水を飲む日が決められており、またあなた方にも決められた日がある。そのラクダに嫌がらせをしてはならない。そんなことをすれば、大いなる日の責め苦があなた方に下るだろう』」 (26:155~156)

 

預言者たちは、自分の使命を証明するために奇跡を起こさなければなりませんでした。そのため神の命により、サムードの裕福な者たちが、豪華な宮殿を築いていた山の中から、(神は)ラクダを出しました。このラクダについては、山から出てきたことも、また水の飲み方も奇跡でした。なぜなら、一日分の水をラクダにあててやらなければならないほど、多くの水を飲んだからです。預言者サーレハは、人々に言いました。「このラクダは神の命によって創造された。普通の動物ではない。だからその神聖を冒してはならない。それに危害を加えてはならず、ラクダが何でも望んだものを食べたり飲ませたりし、その邪魔をしてはならない。この動物に危害を加えれば、神の厳しい責め苦がまっているだろう」

 

第155節~第156節の教え

・神は自然に対してどんなことでも行えます。神はムーサーの杖を蛇に代えることができるのですから、岩の中から、ラクダのような大きな動物を出すことも可能です。

・神聖な動物への侮辱に懲罰があるのですから、宗教の偉人たちへの冒涜には、どのような懲罰が待っているでしょうか。

 

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