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2013/10/06(日曜) 21:01

ナターシャさん

ナターシャさん

イスラム教の特性のひとつは、その教えが人間の本質的にそったものである、ということです。それは、その道徳的な原則や実践的な戒律が人間の本質と一致し、調和しているものであるということを意味しています。イスラム教は人間に対して、人間の本質と完全に一致し、調和しているもの、つまり正義、自由、同胞の精神、知識の獲得や、倫理的に好ましくない行動や醜い行いを自制したり、正直であること、約束を守ることといった美徳を身につけるなど、たくさんの倫理的な事項を推奨しています。一方で、宗教信仰とイスラムの倫理的な戒律の全体とその原則は、人間の内面におけるある種の傾向や気づき、認識という形で見出されている、と言わねばなりません。このため、イスラム教の豊かな根本原理を知った人は誰でも、自らの内面においてイスラムに惹かれていくのを感じるのです。これからご紹介するイギリス出身のナターシャさんも、イスラム教を知る中で、こうした感情を見出しています。

 

ナターシャさんは次のように語っています、「私は12歳から多大な好奇心を持つようになり、精神や魂の問題について考えるようになりました。私の信仰心は、神への信仰と、人類の救済者としてのキリストを受容することに集約されていました。私は成長するにつれ、もっと勉強したいと考えるようになりました。このため、自分の勉強の範囲を広げたのです。様々な資料を調べているとき、新たな論点に遭遇しました。それは、イーサー、つまりキリストは神でなく、預言者の一人であること、彼の後にも預言者が現れ、吉報は事前にイーサーに与えられていたということです。このため、私はイーサーの後に出現する預言者について研究してみようという好奇心が芽生えました。この研究が、私をイスラム教へと導いたのです」。

この論点は、ナターシャさんが新たな真理に向かい合い、イスラム教についてより多くの勉強を行なうきっかけとなりました。こうした中で、若かりしころの預言者ムハンマドがキリスト教の修道者に会った話は、ナターシャさんの関心をひきつけました。ナターシャさんはこの話について、次のように語っています。「預言者ムハンマドが大変若かったころ、彼はおじのアブーターリブとともに現在のシリアを含むシャームという地域に向かいました。彼らは休憩の為にある場所に滞在したとき、そこで生活していたバヒーラーというキリスト教徒の修道者と知り合いました。この修道者は聡明で信仰心を持っていました。バヒーラーは、クライシュ族の隊商の一行の中に、思想家を思わせる輝かしい預言者ムハンマドの姿を見たとき、彼のほうに向かい、預言者ムハンマドにいくつか質問をした後、彼の肩を見せてくれるよう頼んだのです。

バヒーラーは、預言者ムハンマドの肩にある徴を見たとき、興奮して、「まさにこれだ、この徴こそが、我々の宗教書に正確に記述しているものだ」と語りました。その後、驚きを感じながら、「この若者はだれか」としたところ、アブーターリブは「私の息子だ」と語りました。バヒーラーが、「いやいや、この若者の父親は存命であるはずがない」と語ったところ、アブーターリブは信じられないといった様子で、「どうしてそれが分かったのか?おっしゃるとおり、彼は私の甥であり、彼の父親は彼が生まれる前に亡くなった」と述べました。バヒーラーはそこで、次のように語っています。「この若者には、輝かしい未来が待っている。彼こそはまさに、数々の天啓の書において、後に世界的な預言者となり世界を幅広く統治することが予言されている、約束された預言者である。私は、この若者と彼の父、そしてそのご先祖様の名前を宗教書で読んだことがある。彼はまさに、神の最後の預言者であり、預言者イーサーが、その到来という吉報を告げたお方であられる」

この話は、ナターシャさんに大きな感銘を与えました。こうして彼女には好奇心がわき、イスラム教とイスラム教徒についてもっと勉強し、研究しようと考えるようになります。中でも、ナターシャさんがイスラム教に関心を持つ要因のひとつとなったのは、預言者ムハンマドの人格とその性質でした。彼女は預言者ムハンマドが、憐れみと慈しみに満ちた人物であり、このために神が彼を世界の人々にとっての憐れみだとしている、と考えています。預言者ムハンマドは、他の人々に対して感じよく対応し、親切に振舞うことにおいて、他の誰よりも優れていました。彼は常に、イスラム教徒に対して、非イスラム教徒に対しても親しく温和に接するよう奨励していたのです。

実際、イスラム教が発展した重要な要因のひとつは、イスラム教徒以外の人々に対する預言者ムハンマドの感じのよい対応と親切な振る舞いだったとみなされています。預言者ムハンマドの呼びかけの原則は、対話の論理によるものでした。預言者ムハンマドは、この方法を通じて、人間の清らかの本質に訴えかけていたのです。彼は、ほかの啓示宗教の信徒たちに対しても、「私たちイスラム教徒とあなたたちの間の共通するものにおいて合意しよう」と呼びかけていました。それゆえ、彼は共通要素としての唯一神信仰を、他の人々との同調や共感のきっかけだと考えていたのです。

この真理により、ナターシャさんはイスラム教に関心を持つようになりました。こうして、彼女はイスラム教に関する勉強をしながら、イスラム教徒の社会に近づこうと決心したのです。ナターシャさんはこれに関する経験について、次のように語っています。「このことは、私の興味を沸き立たせ、この内容に関して更なる研究を行いたいと思ったことから、私はイスラム教徒の人々に近づいていきました。折りしも、その時はイスラム教徒が夜明けから日没まで断食を行い、神を思い起こすことで自らの精神を清めるラマザーン月だったのです。私も、イスラム教徒の友人からエフタールと呼ばれる断食明けの夕食の席に招かれました。この集まりには、特別な心地よさがあります。最初に、全員でいっせいに礼拝を行い、礼拝を終えた後、喜びあふれる和やかな食事の席に着くのです。これほどの親密さと心地よさは、言葉では表現しがたいものです。断食明けの食卓は、質素ながらも特別な配膳がなされます。その献立は、ナツメヤシ、ハルワーと呼ばれる菓子、お茶、スープといったものでした。イスラム教徒は断食明けの食事に際して、この慈しみあふれる月を人々にとって価値あるものにした神に感謝し、自身とそのほかのイスラム教徒のために、祈祷していました」

ラマザーン月におけるイスラム教徒のまた別の朗らかさと親密さは、ナターシャさんの関心を引き寄せました。彼女は続けて、次のように語っています。

「この集まりの中では、皆が互いに助け合い、特定の主催者は誰も存在していないように感じました。私はあたかも、自分の家庭の中にいると感じたのです。断食明けの食事の後、彼らはコーランを読みました。その後、宗教について懇談し、質問や回答をしあっていました。彼らは、私とも友人のように接してくれ、まるで私も彼らの仲間のように感じました。私も進んで彼らの議論や話し合いに耳を傾け、自分の抱えている問題を提示しました。私は次第に、自分が常に求めていた真理を手に入れつつあると感じました。こうして私は、イスラム教が人間に対し、生活の正しい筋道を教え、それに宗教的な方向性を与えてくれることを知りました。預言者ムハンマドのような模範の存在は、私たちに彼のような、人間として然るべき振る舞いや行動を行い、救いを得る可能性を与えてくれるものです」

ナターシャさんは、その集まりにおけるイスラム教徒の人々の慈愛にあふれる応対が、預言者ムハンマドの行動からインスピレーションを受けたものであるとしています。それは預言者ムハンマドがその言動において、イスラム教徒たちに他人への感じのよい応対をするよう奨励していることによります。

その後、ナターシャさんは様々な機会の中で、イスラム教徒の人々の集まりにより頻繁に参加するようになりました。彼女はこれについて、次のように語ってくれました、「その時以来、私はイスラム教徒の儀式に参加しました。時々、祝祭や金曜礼拝、宗教的な集まりに参加し、以前にも増してイスラム教に親近感を感じました。イスラム教を自分の宗教として受け入れる用意は出来ていましたが、悪魔の誘惑がイスラム教を受け入れる上で、妨げとなると感じていました。最終的に慈愛あふれる神の助けを得て、この誘惑を跳ね返し、最終的に1997年3月、イスラム教に改宗し、実際に、すべてがよいものである世界に足を踏み入れたのです」。

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