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2013/10/28(月曜) 22:10

ララさん

ララさん

今回は北ヨーロッパの出身でカナダ在住女性ララさんが、どのようにしてイスラム教に改宗したのかについて、皆様にご紹介したいと思います。

 

イスラム教と、イスラム教の論理的な力に反対して行なわれる西側の措置のひとつに、イスラム教徒でない人々に恐怖心を植え付けるという政策があり、これはイスラム排斥政策としてよく知られています。西側諸国の政府は、イスラム教の歪んだイメージを人々に提示しようとしており、こうした目的のため、イスラム教のイメージに対する、一部の偏狭的で逸脱したグループの行動を悪用しているのです。他人の信ずるものに対する寛容さと容認は、好ましい性質であり、イスラム教もこのことを強調しています。なぜなら、イスラム教は論理的で、対話と論証による宗教だからです。

確かに西側世界でも、社会における意見の多様性や譲り合いの必要性を訴えるスローガンが掲げられ、他の人々の信条に対して寛容になるべきであると宣伝されています。しかし、このスローガンが、とりわけイスラム教徒に対して実行に移されるようになると、別の行動がとられます。彼らは、喧騒を起こすことで現実とは違う内容をイスラム教に関連付け、世論にその吹込みを受け入れさせるために、その内容を繰り返しているのです。

ここ数年間における、西側メディアのプロパガンダの最も重要な宣伝内容は、イスラム教徒が暴力を好み、イスラム教がテロリズムや暴力行為を支持していると見せようとしていることです。この疑惑を生み出し、恐ろしい側面を見せ付けるという形での大掛かりな誹謗中傷が、世論に対して刷り込まれています。このような毒々しいプロパガンダにとってのより所は、西側諸国の人々がイスラム教の素晴らしい教えを知らないことにあります。

一方、イスラム教やイスラム教徒に対する侵害が、一部の非イスラム教徒の好奇心をそそり、彼らにイスラムへの理解を促すことがあります。イスラムの教えの概要を紐解いてみると、この天啓の宗教が平和と正義、誠実さや友情といったものを支持していることが分かります。実際に、カナダ在住で北ヨーロッパ出身のララさんは、イスラム教を攻撃する多くのプロパガンダの中から、その真実を汲み取っており、次のように語っています。

「数年前、イスラム教とイスラム教徒について扱った一部の新聞の記事を読みました。その記事には、一部のイスラム教徒の犯罪行為の例が取り上げられ、それを口実にイスラム教の原理に対して疑問を提示していました。私自身、イスラム教徒でこそなかったものの、その侮辱的な記事は信用できず、これらの記事の著者のイスラムに対する接し方は自己完結的だと理解しました。なぜなら、いつの時代にも、また世界中どこにでも犯罪に手を染める人は存在しており、そうした人を理由に、ある特定の民族や国、宗教を疑問視することはできないからです。私はこのような公平でない記事を批判しようと決心しました。これらの新聞社の事務所に手紙を送り、なぜ特定の天啓の宗教を侮辱するのかという内容で、抗議の意を表明しました。しかし、この手紙を書いたことによっても、私は好奇心にかられ、とうとうイスラム教について読んだ内容の研究に乗り出しました」

ララさんはイスラムへの理解を深める為に、イスラム教徒の友人を作ることに努めており、これについて次のように話してくれました、「私は、イスラム教徒と近しくなる為に、イスラム教に関する情報を手に入れようとしました。私の友人の一人が住んでいた地区は、多くのイスラム教徒の住民がいました。この地区で友人を通じて、一人のイスラム教徒の女性と知り合いになりました。彼女はすその長いシャツを着て、髪を隠していました。特別な威厳と上品さをもって、彼女は私に次のように語りました。『新聞や雑誌、本に書かれている内容は、必然的に正しくないといえる。先ず初めに、それらの内容を書いた著者がイスラム教について、完全な情報を有していることを確認してから、その内容を受け入れるべきである』」。

ララさんはまた、次のように語っています。「この女性への返答として私は、彼女に次のように述べました。『私も、イスラムとイスラム教徒について世間一般で言われていることが正しいか否かを判断する為に、イスラムについて知りたいと思っている』 すると、その女性も私を歓迎してくれ、私は彼女に指導を受けながら、イスラムに関する本について勉強することになりました。彼女はその翌日、イスラム教に関する数冊の書籍を私の為に持ってきてくれました。私はそれらの本を注意深く読み、それらの本の中で、コーランに出てくる聖母マルヤムとその息子イーサーの話の内容について勉強しました。そこで私は、イスラムではマルヤムが選び抜かれた貞節な女性とされていることに気づきました。このことはコーラン第3章アール・イムラーン章、「イムラーン家」第42節で、次のように述べられています。エ;『天使たちは言った;マリヤムよ、汝はアッラーによって貞節な存在として選ばれ、世界のどの女性よりも優れた存在である』」。

ララさんはまた、次のように語っています。「私は、イスラム教が預言者イーサーを偉大なる天啓の預言者だとし、この人物が神に愛された聖なる法の守護者であるとしていることも理解しました。コーラン第19章、マルヤム章マリア、第30節にはイーサーの言葉として、『私は神の僕であり、神は私に書物を授け、私を預言者に任命した』と述べられています。このことから、私はコーランが驚くほど忠実に歴史の真実を語り、また同時に現実的な内容から少しも外れていないことを理解したのです」

ララさんは、預言者イーサーとその母である偉大なマルヤムの生涯について、コーランの言葉で読み、そのことによって彼女は天啓の純粋な叡智による新しい世界を知りました。彼女の言葉によると、あたかも新たな精神が彼女の中に吹き込まれたようだということです。それは、彼女に対して、より大きな知識を得ようとする熱意を与えました。このイスラム教徒の女性の指導により、ララさんはイランの殉教した思想家、モタッハリー師の著作の翻訳版の存在を知り、『神の啓示と、預言者としての使命』、『コーランにおける人間』、『人間と信仰心』などの本を読みました。これらの本は彼女にとって非常に興味深く、彼女の人生の道を開くことになります。そして彼女はいつしか、イスラム教徒になりたいと望むようになっていました。これについて、ララさんは次のように語ってくれました。

「これらの内容を読み、私もイスラム教徒であったら、と願うようになりました。しかし私はイスラム教徒になれないと考えていました。それは、私が容易にイスラム教徒のコミュニティには入れ込めない、なぜならイスラム教は中東・アジアの特別な宗教だからと考えていたからです。わたしはイスラムへの入信は大変厳しく、難しい手続きを経なければイスラム教徒にはなれないと考えていました。しかし、私がイスラム教徒のコミュニティに親しむにつれて、そうした私の想像は覆されていきました。私がイスラム教について勉強したこと、イスラム教を受け入れたいという心からの意志についてイスラム教徒の友人と話すと、彼らは喜び、私を歓迎してくれました。私がイスラム教は完成度の高い宗教であると思っていると打ち明けたとき、彼らの一人が穏やかな笑みを浮かべてこう言いました。『それなら、何を待っているのですか?もしあなたが望むなら、イスラム教徒になれますよ』」。

ララさんは、イスラムには国境が存在せず、また特定の国や民族だけのものではないという真実を知りました。イスラム教は東洋に限定されるものでも、イスラム諸国のみのものでもありません。どのような条件や立場にある人でも、イスラム教に改宗することができます。イスラム教が特定の人種や民族に属するものである、とするのは西側のプロパガンダであり、これは他の地域におけるイスラム教の影響力を弱める為に行われています。こうした中、イスラム教の永遠に残る教えは、あらゆる人間の本質に語りかけており、人間を正す導きを特定の時代や場所に限定していません。イスラムは、他の宗教の信者に対しても、彼らとの共通性をアピールしており、彼らを唯一神信仰という1つの真実の方向に招いているのです。

ララさんは、熱意と希望を持ってイスラムの教えを学ぼうとしています。彼女は、人生におけるこの段階についてどのように感じているかについて、次のように語ってくれました、「私は空を飛ぶことを熱望していた鳥のようなもので、まさに変化の手前にあったのです。このため、心理的に落ち着けず、常に自問していました。私は、最終的に熱意と愛情を持ってイスラム教を受け入れ、新たな世界に足を踏み入れました。それはあたかも生まれ変わったようなもので、安らぎを感じたのです。町のモスクに行き、こみ上げる情熱のあまり、こらえきれず涙した際に、そこに居合わせていたイスラム教徒に、そのことを話しました。その人たちは言い表すことの出来ないほど喜んでくれ、新たな私の人生の門出を祝福してくれました。これにより、そのモスク全体が喜びに満ち溢れたのです」

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