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2013/11/18(月曜) 20:14

ランツェルさん

ランツェルさん

ここ数十年間、多くの思想家がイスラム教に関心を持ち、引き寄せられています。このことは西側諸国で顕著です。ここで、イスラム教が他の宗教と比べて優れている原因とは何か、これほどまでに西洋の思想に影響を与え、多くの人々をイスラムにひきつけたものは何か、という疑問が出てきます。この影響力は、一部の作家や評論家がイスラム教への傾向を示すほど大きなものです。様々な研究は、イスラム教のダイナミズムやその生活スタイルが、他の様々な宗教、とりわけキリスト教徒のイスラム教への傾向と関心の要因であり、彼らが有益で動的なイスラム教に魅了されるなかで、重要な役割を果たしていることを示しています。

 

イスラム教は平和と安らぎの宗教であり、また論理的、理性的で寛大、人間の現実に即した自由の宗教です。人間を高め、現世と来世の幸福に導く宗教です。自分の宗教を理性的に見ているキリスト教徒は、現在のキリスト教が論理的な内容に反していると考えています。キリスト教は三位一体説を提示し、イーサー、つまりキリストの神性を認めており、人間の本質が穢れたものであるとしている宗教です。

このため、キリスト教徒がイスラム教とキリスト教の啓示や教えの比較を行う際、イスラム教を人格形成的で理性に一致する宗教であるとして、簡単にイスラム教を気に入り、その戒律を守り、この中での危険性や困難を受け入れようとします。

オーストリア出身の女性、ランツェルさんは現在、ゼイナブという名前を選びました。彼女はイスラム教について調べた後、それを自分の宗教として受け入れました。例え彼女がキリスト教の家庭で育っても、キリスト教は彼女の問いに対して、満足な答えを与えることは出来ませんでした。彼女は現在のキリスト教についての考えを、次のように語ってくれました。

「人々、特に若者がキリスト教に対する魅力を失ったのは、その内容において強い柱が存在しないことが原因であり、その戒律は特定の枠組みが存在せず、皆それぞれに解釈してしまうのです」。

また、ランツェルさんは次のように続けました。「私の考えでは、もし人間が高い目標に到達したいと考えたとき、より多くの努力や措置を行う必要があります。ちょうどそれはスポーツ選手がメダルを獲得するために努力し、勝利するために全ての指示を実行するようなものです。精神性の高みに到達するためには、結果が得られるために最低限のことを行う必要があり、この最低限の内容こそが、宗教的な柱となり、これがないと宗教は次第に崩壊します。西側のキリスト教は現在、このような運命の中にあります。現在の聖書や福音書がキリスト教として提示している宗教は大変観念的であり、この宗教にはどのように生きるべきかという詳細で正確な指示が存在しません。私は常に、私をよりよい方向に導いてくれる、完全な計画を持ちたいと願っていました」。

全体として、常に特定の宗教における愛情や慈愛という側面は、人の心をひきつける多くの魅力を持っています。もしこの愛情がある特定の宗教を信じる人たちの中に具現化されれば、人をひきつける最大の下地が用意されることになります。ランツェルさんは子ども時代にイラクのサッダーム政権による化学兵器攻撃のイラン人の負傷者と知りあいになり、このことが、彼女をイスラム教へと導きました。彼女はこれについて次のように語っています。

「イスラム教、とりわけイスラム教のシーア派は多くの魅力を持っています。しかしこうした中で、私自身にとって大変美しいと感じ、かつ重要視している2つの基本的な要因を指摘しておきたいと思います。その魅力のひとつは、私の子ども時代の思い出に起因しているのですが、治療の為にオーストリアを訪れていた、イランの恩恵あふれる負傷者の存在であり、これに関して、私は彼らと近しい関係を築き、彼らの精神的な魅力や振る舞いの魅力を理解しました。一部の負傷者は手や足がなく、また彼らの顔は毒ガスにより見るにも哀れなものとなっていましたが、彼らの精神は大きな喜びを伴っていました。そして彼らの行動は、私たちに深い影響を及ぼしました。彼らの行動には強固な、絶対的な信仰が存在しています。この子ども時代の経験は、私にとってイスラム教について勉強する上での助けとなりました。宗教とは、このように信者たちに心の信頼というものを与えてくれるのです」。

ランツェルさんはイスラム教における聖法、シャリーアの存在を、2番目の魅力の要因だとして、次のように語っています、「イスラム教が私自身にとって興味深いのは、確固たる聖法が存在することです。聖法とはイスラム教の明確な指示であり、信者の行動の全てに戒律が存在します。この戒律は多くの問題に対して最もよい方法を私たちに示すことのできるものであり、完全に私たちを導いてくれます」。

家庭とは最も基本的な社会組織であり、人間の集団生活の中で形成され、人類の生活段階を長い歴史の中で進化させ、発展させるのに最も重要な役割を担っています。その始まりから現在まで、他の社会組織と比較すると、特別な重要性や価値を持っています。イスラム教も、この重要な組織に対する影響力あるアプローチにより、それに特別な価値観をおいています。

ランツェルさんはキリスト教とイスラム教の家庭に対する見方について、次のように語っています。

「ある敬虔なキリスト教徒が、教会での生活ではなく、社会家庭で生活する場合、特別の問題に直面します。それは、キリスト教では結婚生活の原則を肯定的に見ておらず、孤独な隠遁生活を強調しているからです。もしキリスト教徒が留学したいと考えたり、子どもを教育しようと考えたり、あるいは人生のほかの領域で努力したいと考えた場合、これらに関して、聖書の中では詳細な戒律を確認することができません。しかしイスラム教の教えの中には個人生活や家庭生活上の問題やその範囲について、詳細かつ正確な形で戒律が定められているという特性が存在します。明らかなのは常に、生活の中に存在し、人間の理性と一致する教えは、むなしさや孤独感を感じないようにしてくれます」。

また、彼女は続けて、次のように語っています、「聖書の中でキリスト教は、慈愛や寛容を強調していますが、どのようにそれを行なうか、正確な方法については何も述べられていません。このため、人がそこで進められていることを実行する際に、過ちに陥る可能性があります。オーストリアにおいて、カトリック信者とそうでない人の表面的な違いは、日曜日あるいは他の特別な日に教会に行くかということだけであり、信者でない人との間の実質的な違いを特定することはできません。しかし、もしイスラム教徒が大変まじめに宗教の戒律を実行した場合、最もよい結果を手にすることができる、ということは、重要なことなのです」。

ランツェルさんは、たとえイスラム教を受け入れるに当たって、家族や社会から制限や問題を押し付けられても、その経験が彼女にとって心からの安らぎや信頼の要因となるとしています。彼女は最後に、次のように語ってくれました、「西側では、日常生活の中で定められている宗教的な法を実行することは困難ですが、この困難により、神の存在を経験し、神とのつながりや神に対する愛が行動に出てくるのです。実際、イスラム教はその素晴らしい教えにより、心の安らぎや信頼を信者たちに与えてくれます。その安らぎとは、現在西側では見られないものです」。

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