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2013/12/15(日曜) 21:08

スーザン・オブリーさん

スーザン・オブリーさん

神は、人間が常に自分の周りの問題の真理を永遠に求めるよう、その本質を創造しています。人間は生まれてから死ぬまで、真理にいたる為の探求を行ないます。もっとも、この努力はその人の環境や年齢、肉体的条件、思想、行動の分野によって行なわれます。言い換えれば、神は完成と幸福に到達し、この世の真理と叡智を理解する為の十分な能力を人間に与え、これらを利用して、人間は自らが創造された最終的な目的を手に入れることができます。こうした中で多くの人々は調べ、探求し、能力を利用し、完成や幸福に至る道を見出しています。アメリカ出身の女性スーザン・オブリーさんは、このような人の一人です。

 

オブリーさんは、カトリックを信じる宗教的な家庭の中で育ちました。父親は勉強家で、このため、キリスト教思想に完全に精通しており、キリスト教の中で様々な逸脱が生じていると考えていました。彼女は次のように述べています。

「父は宗教学の博士号を持ち、教会の説教師でもありました。彼は人々の持っている聖書と、ローマ・カトリックの総本山バチカンにある聖書の間には、違いがあると考えていました。彼はバチカンの聖書を読み、『この中では、アフマドという人物が最後の預言者であると言われている』と述べました。私はそのとき、父の言葉をよく理解することはできませんでしたが、彼は教会で話した内容を理由に、政府により圧力をかけられ、また数度にわたり身柄を拘束されたりしたのです」

オブリーさんは父親の話により、聖書の中で語られている最後の預言者について調べるようになりました。彼女はアフマドについて調べている際、イスラム教と出会い、最後の預言者が紹介されている宗教が、まさにイスラム教である、ということを知ったのです。彼女はこれについて、次のように語っています。「以前、ある場所でイスラム教という名前を聞いたことはありました。(しかし)アメリカでは常に、それは粗暴な宗教であるとされていました。私はイスラム教に対する否定的な宣伝には気を留めず、大元の資料に注目した上でイスラムに関する研究を始め、自分の疑問に対する多くの回答を得ました。イスラム教とその教えは実際、私にとって魅力的で、美しい宗教だったのです」。

イスラム教が根源であるイランイスラム革命は、宗教が社会の破滅や諸悪の根源であるという見解を否定しただけでなく、人間の思想を発展し、人間の意識を向上させました。今日、イランのイスラム革命の恩恵とその宗教的な根源により、全世界で自由を求める開明的な宗教としてのイスラム教がよりよく知られるようになりました。この革命は数百年も経ってから、以前の政権ではほとんど見られなかったイスラム教の本来の姿を提示したのです。フランスの哲学者・ミシェル・フーコーは、イスラム革命の要因について分析し、調査する中で、次のように記しています。「イランの人々は改革の道をイスラム教の中に見出したのであり、イスラム教は彼らにとって、個人的な痛みを癒すものであり、また社会(集団)的な病気や矛盾も治療するものだった」。

オブリーさんも、イランイスラム革命は彼女にとって、イスラム教をよりよく、正確に知る上での助けになっていると考えており、次のように語っています。

「イランイスラム革命の創始者ホメイニー師とイスラム革命の存在は、私のイスラム教の認識において、非常に重要な要素です。私は、ホメイニー師の肖像をテレビで見たとき、その輝ける顔に惹かれ、彼はイーサー、つまりイエス・キリストの再来だと思いました。私は次第に、彼とその思想をより深く知るようになり、イスラム教がどのように社会の導きと自由をもたらすのかが分かってきたのです」。

結果的に、オブリーさんはイスラム教を勉強した後、イスラム教を自分の宗教として選択することを決意しました。彼女は、自分の名前を「ジャミーラトル・フォルガーン」というイスラム名に変えました。しかし、イスラム教国でないアメリカでの生活により、彼女にとってこの天啓の宗教を受け入れることはより大変なものとなります。彼女はこれについて、次のように語っています。

「私にとって、多くのことが困難でした。私はアラビア語を知らず、礼拝を行う為にアラビア語を習得しなければならなかったのです。私は、礼拝(の際に唱える文句)の意味をよく理解できなかったら、その動作だけ行なっても意味がない、と感じました。私は早く礼拝ができるようになりたかったため、大変つらかったです。ある日、街にある店に行ったとき、『どのようにして礼拝を行なうのか?』というタイトルの英語の本を見つけました。本当に、私はうれしかったです。この本を買いたいと思ったとき、自身もイスラム教徒だった店の人が、それを私にプレゼントしてくれたのです。その後、この本で礼拝の仕方を覚えました。礼拝は、世界の創造主に対する崇拝の美しさを私に示し、自分の選択により大きな確信を与えてくれたのです」

オブリーさんはまた、次のように語ってくれました、「私は次第に、イスラム的な装いであるヘジャーブをつけようという決意を固めていきました。初めは、私のヘジャーブは完全なものではありませんでした。ただ、髪を隠すスカーフだけで、その後により完全なものにしました。このとき、私はある病院の婦人科に勤務していました。人によって、ヘジャーブの見方は違っていました。たとえば、私が在籍していた大学の教授は私のヘジャーブをほめてくれましたが、婦人科の科長は私のヘジャーブを問題視しました。彼女は私に、『ラマザーン月の後はヘジャーブを取らなければならない』と語ったのです。私がラマザーン月だけヘジャーブを着用する、と考えたのでしょう。しかし私は、『これは私の宗教の一部で、そんなことはしません』と言いました。結局、多くの問題が発生しましたが、私にとってヘジャーブとは、そのためなら全ての困難や問題に耐えてもよいと思えるほど価値を持つものとなったのです」。

結局、オブリーさんはイスラム教シーア派を選択しました。彼女は神をよりどころとし、預言者の一族からの助けを得て、数々の問題を克服しており、現在は1人の責任あるイスラム教徒として、個人的、社会的な活動に積極的に従事しています。

ここ数十年、宗教を初めとする多くの分野で、女性に関する多くの問題をめぐる大幅な変化が起こっていますが、西側の研究者から回答が出されていないと思われる問題とは、日々増大する、西側の女性のイスラム教への傾倒です。西側の多くの人達は、イスラム教が多くのことを制限する宗教であり、個人的・社会的な生活の双方において女性に制限を加え、男性に従わせる宗教であると考えています。しかし、こうした中で驚いたことに、公式統計は、西側諸国、とりわけアメリカの多くの女性がイスラム教に改宗していることを明らかにしています。

実際、アメリカではイスラム教を自分の正式な宗教かつ、生きる道として選択する人が急速に増えており、その中で特に女性の数が多いことは注目に値します。

アメリカにおけるイスラム教徒の増加に関する各統計はそれぞれ異なっていますが、アメリカ・ノースカロライナ州アラマンス郡が発表している、信用度が高い公式の年次統計によりますと、アメリカだけで毎年10万人がイスラム教に改宗しています。アメリカと世界で日々増加するこの改宗者の数に注目すると、イスラム教の真理とその活力を与える教えが理解できるのではないでしょうか。

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