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2014/02/03(月曜) 19:04

アリス・ラファエルさん

アリス・ラファエルさん

タンザニア出身のアリス・ラファエルさんは、キリスト教信仰を持った厳格な家庭に生まれました。イスラムの光で心を満たされたラファエルさんは、イスラムの世界で多くの経験を積む為に、多くの困難に耐えました。彼女は常に神に対して、自分の両親をも導いてくださるよう求めていました。彼女はイスラム教に改宗したあと、ラビーアというムスリム名を選んでおり、現在ケニア人の夫と結婚し、イランで宗教学の勉強を行なっています。


ラファエルさんは、イスラム教を受け入れたことで、最高の人生の道を歩んでいると感じています。彼女は宗教を変えたことについて、次のように語ってくれました。「私はイスラム教を受け入れる前は、キリスト教徒でしたが、少女時代、だいたい16歳ごろ、宗教について強い好奇心を抱くようになりました。私の疑問は、『キリスト教では、イエスキリストとして知られるイーサーは、なぜ神の子であり、神も人間と同じように、妻子を持つものなのか』、また『敬虔であり、キリスト教を信仰していながら、なぜキリスト教徒の女性の服装は不完全であり、体の恥部を覆い隠すという考えがないのか』などといった疑問でした。私はこのような疑問を持っていましたが、決して答えを得ることはありませんでした。確かに何度か教会で、聖職者に質問をしましたが、彼は私が満足するような答えを出してくれず、私は確信が持てませんでした」。
しかし、ラファエルさんは、それでも自らの疑問に対する答えを探し続けました。彼女は、これについて、次のように話しています。「キリスト教の司祭さんからは何も得られなかったので、結果的に様々の別の場所から調べ始めることにしました。私は聖書の中で、キリストの話として『私の後に預言者が現れる。彼はアフマドという名で、彼に従いなさい』と伝えられている内容を読みましたが、私にとってこれは大変興味深い内容でした。キリスト教の後に出現したこの新しい宗教は、イエス・キリスト、即ち預言者イーサー自身によっても語られており、それに従うよう忠告されているため、私はイスラム教がより完全で包括的な宗教であるはずだと感じました。このため、私はイスラムについてさらに研究したのです」。
ラファエルさんはイスラム教に関して研究を進めることで、その素晴らしい教えを知り、この宗教により強く惹かれるようになりました。彼女は、次のように話しています。「イスラム教の信条と思想の基本について知ることで、イスラム教の美しい姿が明らかになり、次第に私は自らの疑問に対する答えを見出していったのです。預言者たちの生涯について知ることで、キリストやその他の預言者、とりわけイスラムの預言者ムハンマドに対する敬愛がより深まりました。私は人生の目標と思想を見出し、結果としてイスラム教への改宗を決意し、その美しさをよりよく理解したいと思ったのです」。
ラファエルさんはイスラム教に改宗して、人生に別の意味を見出したことに大きな喜びを感じていましたが、家族が自分の改宗を知ったらどうなるか、ということについて、彼女は大きな不安を抱きました。結果的に、彼女はこのことを一定期間隠そうと決意します。彼女はこれについて、次のように話してくれました。
「はじめは他の人、とりわけ両親に自分がイスラム教に改宗したことを気づかれたくないと思っていました。それは、彼らが厳格なキリスト教徒で、私がイスラムに改宗したことを彼らが受け入れるのは、大変難しいことだと知っていたからです。私は母に気づかれないよう、隠れて宗教的な行為を行なっていました。それは彼らにとって、私が宗教を変えたことは信じがたく、受け入れがたいことだったからです。しかしある日、母は私がイスラム的な装いであるヘジャーブを着用しており、イスラム教徒に改宗したことに気づきました。これに関して、彼女は強く反対し、私はイスラムから戻ろうかと思いました。彼女は、私が他の人に感化され、他人を真似ることで、イスラム教徒になったのだと考えていました。彼女は私を脅し、叱責することで私にイスラムを止めさせたいと思っていたのです」。
ラファエルさんは、続けて次のように語っています。「母は、何とかして私にイスラム教の信仰をやめさせようとしていましたが、無駄でした。そのため、母は父が私にイスラム教をあきらめさせてくれると考え、私を父の元に送りました。父は金銭的には非常に恵まれた状況にあり、他の街で生活していました。彼は私が宗教を変えたことを知ったとき、私に家の仕事と外の仕事を強いて、私を苦しめました。私は父親の家のメイドのように仕事をしていましたが、父の言うとおりイスラム教から元の宗教に戻るまでは、抗議する権利はありませんでした。しかし私の信仰心は日ごとに強くなり、そうした信条は多くの勉強を行なうことで手に入れたものでした」。
ラファエルさんは現在、ラビーアという名前を自分のムスリムネームとして選び、聖なる断食月であるラマザーン月には他のイスラム教徒と同じように断食を行ないたいと思っていましたが、家族の反対を受けます。彼女は初めて断食を行なった思い出について、次のように語ってくれました、「初めて断食を行なった日、母は家におらず、私が何も食べていないということに気づいていませんでした。午後、私が家に帰ったとき、母は『アリス、今日は食べ物を持っていかなかったでしょう、キッチンで何か食べなさい』といいました。私は『今食べたくないから、後で食べるわ』といいました。しかし母は、『食べなさい』と強く言いつけてきました。私は様々な口実を設け、日没のアザーンの時間まで時間が過ぎるのを待ち、アザーンの時間が来たら断食を終わりにしようと思っていました。アザーンの時間が近くなったとき、母は私が断食しているのではと疑いました。彼女は憤慨し、激しく私を叩きましたが、そのうちに疲れ果て、力もなくなって叩くのを止めました。次第にアザーンを知らせる合図が大きく聞こえてきて、私はこのように殴られた状態で断食の終了を迎えました。確かに私は、イスラム教を受け入れる中で、大変な苦労に耐えてきましたが、イスラム教とは、たとえそのために苦労をしても、より大きな甘美さを味わえる宗教です。今日、私はイスラム教を受け入れ、確信を持って自分が完成する方向に向かっていることに喜びを感じています」。
他の人に対してよい形で対応することは、賞賛に値する性質であり、理性や本質からも、そして習慣という点からも認められています。全ての人は、神が賞賛するこの性質に特別な重要性をみとめており、よい行いをした人に敬意を払っています。こうした中でも、一部の行いはより重要とされ、両親への親孝行がそれに当たります。シーア派初代イマーム・アリーはこれについて、「両親への親孝行は、最高の価値を持つ行いである」と語っています。
ラファエルさんはイスラム教に傾倒した後、両親の強い反対にあいましたが、このイスラムの教えをまもり、家族の圧力に対して、よい道徳をもって耐えています。彼女は次のように語ってくれました。
「このような厳しさがありましたが、両親への対応は大変重要でした。私はコーランにある神の指示に従い、両親に敬意を払い続けました。ただ神に対して、両親が啓蒙され、イスラムを知り、イスラム教の素晴らしさを味わってもらいたいと望んでいたのです。確かに最初のうちは、私にとって困難でしたが、時の経過と共に私の適切な対応による結果が見られるようになりました。この適切な行動により、しばらくして姉が、その後母が、あれほどイスラムに反対していたにもかかわらず、イスラム教に興味を持つようになりました。そして、彼女たちは遂にイスラム教に改宗したのです」。

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