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2015/11/27(金曜) 23:12

2015年11月27日(芝田・山口)【音声】

2015年11月27日(芝田・山口)【音声】

●リスナーより
「今日のラジオ日誌では、山口アナが新しく引っ越しをされた町の話を書かれていましたが、地名に花に関する名前がついていたりなどして、花に恵まれた素晴らしい町のようですね。私は花や緑の少ない町で暮らしているので、羨ましく思いました」


●ラジオより
芝田
山口アナウンサーのラジオ日誌についてのご感想でした。大通りを入った路地の名前に、花のつく名前が多い、というお話でしたよね。
山口
そうなんです。ところが実際に花壇があって草花が沢山植えられているのかと思いきや、そうではないんですね。他の普通の区域のように、商店街や銀行、モスクが立ち並んでいて、交通量もかなり多いですし。それなのになぜこの地区に花のつく名前が多いのか、地元の人に聞いてみてもみんな首をかしげるばかりで、これは今もって謎に包まれたままです。今思いつくものだけでも、バラ水のビン、花園、花を撒く、花散る里、花があふれる、など綺麗なイメージの名前が目白押しです。他にも、愛想のよい、しっかりした、などという名前も見うけられます。これらの路地が出ている主要な大通りは、シャードメフルとなっていて、すなわち喜びと優しさ、という意味でしょうか。そうそう、先ほどのご指摘のように、有名人の名前をつけたものも多いですよね。テヘラン市内にも、大詩人サアディやハーフェズの名前を冠した通り、また外国の人名や地名の付いた通りもありますよね。身近なものでは、ボリビアの独立に寄与した人物シモン・ボリヴァル通り、コンゴの政治家パトリック・ルムンバ通り、南アフリカの政治家ネルソンマンデラ通り、ローマ通り、イタリア通り、アーザルバージャーン通りなど数え上げればずいぶんあります。
芝田
イランでは、全ての通りに名前がついていますよね。日本のように番地ではなく、通りの名前で住所を探していき、それぞれの家に番号がついています。その通りの名前は、大通りだと、イランや世界の著名人の名前、国や都市の名前、歴史的に活躍した人物の名前などが冠されていますが、小さな路地に入ると、身近な単語が多かったりします。そして、山口さんが指摘していたように、同じ区域には似たような名前がつけられていますよね。ちなみに私が住んでいる家の路地の名前は、「緑」です。この単語は日本人の私にとって発音がしにくくて、よく聞き返されて辟易することが多いです。
山口
それは、ペルシャ語ではサブズ、でしょうか?子音が2つ連続する言葉は、確かに少々読みづらいですよね。他にも、イランを旅行した日本人から聞いたのですが、イラン中部の町ヤズドなどもそうした部類に入るようです。日本語は、促音と「ん」以外には、1つの音節に必ず母音が入りますので、皆さん日本語風に読んでいらっしゃいますよね。
芝田
確かに、日本語はみんな母音がつくので、子音が続く単語は本当に発音に苦労します。

●リスナーより
「テヘランでは日本語書籍の入手は可能でしょうか?」
というお便りをいただきました。
●ラジオより
芝田
私は自分が読みたい本は、日本に帰国したときに持ち帰るか、昔は日本から航空便で送ってもらっていました。テヘランの本屋さんでは、洋書が置いてあるところはありますが、日本語の本は見たことがないです。山口さんはありますか?
山口
テヘラン市内ではエンゲラーブ通りの書店街が有名ですよね。私も何度か足を運んだことがありますが、日本製の書籍というのは残念ながらそこでも見たことはありません。ですが、イラン人の書いた日本語の会話の本ですとかは結構売られています。イランに旅行に来た日本人の方から、帰国する際にもう必要がなくなったからということで、その方の書籍や雑誌を譲ってもらったことはあります。それと、今はインターネットで、本屋さんに出向かなくとも、読みたい本が自宅で読めてしまうんですよね。でも、中にはネットでは読めない書籍もあると思いますし、紙版の本で小さいころからずっときた世代としては、紙版の本もやはり手放せないですね。
芝田
最近は、ブックリーダーや携帯電話を利用することが多いです。読みたい本がすぐに読めるのはいいのですが、やっぱり目が疲れてしまうのと、紙の本の方が味わいがあるような気がするのは、古い人間だからでしょうか。

●リスナーより
「テロ事件が起きた後、日本では号外が出ていましたが、イランでは新聞の号外というものはありますか? 新聞社に勤めている人に号外はいつまで取ってあるか尋ねたところ、翌日まであるそうです。もらいに行けばくれるとも言っていました」
●ラジオより
芝田
お便りありがとうございました。新聞の号外、山口さんは、イランで見たことがありますか?
山口; 正直なところ、ありません。日本人の感覚で言えば、たとえば6カ国との核合意の成立や、サウジアラビアでの巡礼者の将棋倒し事件などは、それこそ号外が出てもおかしくない大きな出来事だったと思います。芝田さんはいかがですか?
芝田
確かに、最近は本当に大きな事件が続きました。号外が出てもおかしくなかったですよね。でもそういうものは見当たりませんでした。
そもそも、イランでは個人の家で新聞を定期的に取っているところがほとんどないですよね。新聞配達員という職業がないのではないでしょうか。だから、新聞は欲しい人が、通りの傍らに置かれているキヨスクと呼ばれる売店に行って買い求めるスタイルですよね。キヨスクの前には何社もの新聞が所せましと並べられていて、立ったまま、一面記事を読む人たちの姿も見られます。それが一人や二人ではないのです。私は、あの、一面記事を立ったまま読む人たちが何人も並んでいる姿を、テヘランの名物だと思っています。
ところで山口さん、山口さんが初めてイランを訪れることになったきっかけはどんなことだったんですか?
山口
大学でペルシャ語を専攻していましたから、在学中に一度イランを旅行してみたと思いながらなかなかできず、卒業後数ヶ月たってから初めて仕事で知り合ったイランの知人を訪ねたのがきっかけです。そのときまず感じたことは、大学で習ったペルシャ語と、実際にイランで使われているペルシャ語にかなりの隔たりがあるということでした。他の言語もそうだと思いますが、大学で習った単語が、実はもうイランでは使われていないこと、それからイラン人の小学生が使っている教科書に、見たこともない単語が沢山出ているのを見て非常にショックを受けました。当然といえば当然ですよね。彼らはネイティブですから。でも、それ以上に衝撃的だったのが方言の違いの大きさと、アゼルバイジャン語やクルド語など、まったく違う言語がペルシャ語とともに使われていることでした。その違いの大きさに愕然としたことを覚えています。
芝田
確かに。私も最初は自分のペルシャ語が通じるだろうと思っていたのに、全然通じなかったり、反対に相手の言っていることが全く分からなかったりでずいぶんショックを感じました。そして方言やイントネーションの違いも、最初は全く分からなかったことですが、耳が慣れて来ると、不思議と自然に分かって来るものなんですよね。

●リスナーより
「金曜広場で季節のことわざが紹介され、面白かったです。『一本の花だけで春は来ない』は、実に教訓に満ちた言葉です」
●ラジオより
芝田
お便りありがとうございました。以前の金曜広場で、季節の言葉が入ったペルシャ語のことわざをご紹介しました。山口さんは、何か季節の入ったことわざは思いつきますか?
山口
はい、私がよく聞く諺に「ひな鳥は秋の終わりに数える」というものがあります。鳥のヒナは春に孵化して成長して、秋に大人、成鳥になるわけですよね。その途中で、災害にあったり、天敵に食べられてしまったり、季節の変化などに耐えられない、病気にかかったりしてかなりの数が死んでしまい、大人になるのは全体のほんのわずかです。このことから、最初の状況だけで結果を判断することはできない、という意味になるでしょうか。例えば、ある見本市の入場者の予測をするのに、最初の3日間だけで5000人の入場者を記録したから、この調子でいけば10日間の開催期間中に1万5000人を超えるのではないか、などと単純な予測をする人に対して、このことわざが使えると思います。
芝田
なるほど。あのことわざにはそんな背景があったのですね。ペルシャ語のことわざはいろいろ面白いものが多いですよね。日本のことわざに似たものも数多く存在します。

 

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